詐欺と脅迫について

▼ 瑕疵ある意思表示

表示行為に対応する内心的効果意思は存在するが、その意思の形成過程になんらかの瑕疵かし(欠陥)があるような意思表示を瑕疵ある意思表示と言う。民法は瑕疵ある意思表示にあたるものとして、詐欺または強迫による意思表示についての規定を置く(96条)。

詐欺とは他人をあざむいて錯誤に陥らせることであり、強迫とは害悪を示して他人を畏怖いふ(恐怖)させることである。詐欺による意思表示と強迫による意思表示のいずれも、表意者において意思と表示の不一致がない場合であって、それがある意思の不存在の場合(心裡留保・虚偽表示・錯誤)とは区別される。意思表示の効力は、意思の不存在の場合は無効であるのに対して、瑕疵ある意思表示は取り消すことができる。

 

▼ 詐欺による意思表示の取消し

● 詐欺による意思表示の取消しの要件

詐欺による意思表示は、取り消すことができる(96条1項2項)。詐欺による意思表示の取消しの要件は、次のとおりである。

① 欺罔ぎもう行為が存在すること

② 詐欺者に故意があること(二重の故意)

③ 詐欺と意思表示の間に因果関係が存在すること

(1) 欺罔行為の存在

欺罔行為というのは、他人をだますことである。積極的に事実を偽ること(作為)だけでなく、告知義務がある場合に真実を告げないこと(不作為)も含まれる(大判昭16.11.18)。また、欺罔行為は、社会通念あるいは信義則に反するものでなければならない(違法性)。誇大広告やセールストークのように、ある程度の誇張・嘘は社会生活上ありふれたことであって、そのすべてを欺罔行為とするわけにはいかないからである。

(2) 詐欺者の故意

詐欺者には、①表意者を欺罔して錯誤に陥れようとする故意と、②その錯誤によって意思表示させようとする故意の「二重の故意」が必要である。不注意で誤った情報を提供しても、詐欺は成立しない。

(3) 詐欺と意思表示の因果関係

欺罔行為によって表意者が錯誤に陥り、その錯誤によって意思表示をしたという因果関係が必要である。欺罔行為が意思表示の内容に影響を与えなかったときは、詐欺は成立しない。

〔考察〕詐欺と錯誤の関係  詐欺の被害者は錯誤に陥っている。この錯誤は動機の錯誤であるが、要素の錯誤(法律行為の重要な部分の錯誤)に限定されていないので、95条の錯誤とは異なる。しかし、動機の錯誤も要素の錯誤となりうるとする判例・通説の立場にたつと、詐欺による錯誤も要素の錯誤になる場合がありうる。その場合に詐欺取消と錯誤無効との両方が要件を充足して競合することになるが、両者の効果の関係をどのように考えるかが問題となる(二重効の問題)。いずれも主張しうるものと解されている。

 

● 第三者による詐欺の場合

意思表示の相手方ではなくて第三者が詐欺を行った場合、相手方が詐欺の事実を知っていたときにかぎり、意思表示を取り消すことができる(96条2項)。たとえば、AがBにだまされてBの債権者Cとの間でBの保証人となる契約を締結した場合、相手方Cが第三者Bによる詐欺の事実を知っていたときにかぎり、Aは保証契約を取り消すことができる。

〔考察〕相手方による詐欺の場合に取消しが認められるのは、相手方に詐欺を働いたという悪性があることが一つの因子となる。第三者による詐欺の場合には、それを知らない相手方には何らの落ち度もないのであるから、取消しを認めるべきではない。しかし、相手方が詐欺を知っている場合には、相手方が取消しの影響を受けても不都合がない(相手方も共謀していることが多い)ので、取消しを認めてもよいとしたのである。

 

▼ 詐欺取消と第三者保護

● 詐欺取消は善意の第三者に対抗できない(96条3項)

取消しの効果は遡及する。すなわち、取り消された行為は当初から無効であったものとみなされる(121条)。たとえば、AからBへと不動産が売却された後にAが詐欺を理由として売買契約を取り消した場合を考えてみる。もし第三者CがBからその不動産を買い受けたとしても、取消しによってBははじめから無権利者であったことになるから、Cは不動産の所有権を取得することができないことになりそうである。

しかし、民法96条3項は、詐欺による意思表示の取消しは善意の第三者に対抗することができないと規定して第三者を保護する。したがって、AはAB間の売買契約が取消しによって無効であることを、Cが「善意の第三者」であれば、Cに対して主張することができない(当事者間では無効を主張でき、Cからの無効主張はかまわない)。

〔考察〕民法は、強迫については第三者保護規定を置いていない。これは、起草者が、詐欺による被害者の保護の必要性を強迫の場合よりも低く見たためである。詐欺の被害者にはだまされた点で落ち度があるのだから、取引の安全のために不利益を被ってもしかたがないと考えられたためである。一方、錯誤についても第三者保護規定が存在しない。詐欺と錯誤を比べてみると、錯誤者は自ら錯誤に陥っている点で落ち度が大きく、他人にだまされた被詐欺者よりも錯誤者を厚く保護する必要性はないと言える。それなのに、詐欺取消の場合には第三者が保護され(被詐欺者は保護されない)、錯誤無効の場合には第三者が保護されない(錯誤者は保護される)とするのはバランスを欠く。したがって、錯誤無効の場合にも96条3項を類推して第三者を保護すべきであると考えられている。

 

● 96条3項が適用される「第三者」

不動産の所有者AがBの詐欺によってBにその不動産を売却した後に、第三者Cがその不動産を取得したという事例を素材として考えてみる。

(1) 第三者の意味

民法96条3項の「第三者」とは、詐欺による意思表示が有効であることを前提として新たに利害関係に入った者を指す。よって、Cは、同条項の第三者にあたる。

〔参考〕第三者保護の主観的要件として、条文上は「善意」であることが要求されているが、さらに無過失であることが必要か。96条3項を権利外観法理の一環をなす規定としてとらえる立場からは、94条2項の解釈と合わせるため、第三者保護の要件として善意にとどまらず無過失まで要求すべきことになる。

(2) 取消し前の第三者

96条3項の趣旨は、一般に、第三者保護のために取消しの遡及効を制限することであると理解されている。したがって、同条項の射程も、取消しによる遡及効の影響が及ぶ第三者、すなわち、詐欺による行為が取り消されるよりも前に利害関係に入った第三者(取消前の第三者)にかぎられる。(取消前の第三者は取消しによって権利を失うが、取消後に利害関係に入った者は無権利者と取引した者であり、取消しの前後で権利がないことは変わらない。)CはAが売買契約を取り消す前にBから権利を取得したのであれば、同条項によって保護される。

(3) 登記の要否

取消前の第三者が保護されるためには登記が必要か。まず、不動産の権利がAからB、BからCへと完全に有効に移転した場合には、AとCは対抗関係には立たず、登記がなくてもCは権利を主張できる。AB間の契約が詐欺を理由として取り消されたとしても、96条3項によってCに対する関係では有効であるから、同様の結論になる。

〔参考〕最判昭49.9.26は、Aの農地を詐欺によって買い受けて所有権移転仮登記を得たBが、善意のCにその農地を譲渡して仮登記移転の付記登記をしたという事案である(農地の所有権の移転には、農地法上の許可が必要である)。この判決は、96条3項の第三者の範囲を対抗要件(登記)を備えた者に限定しなければならない理由はないと述べて登記不要説に立つが、実質的に対抗要件を具備していたと評価できる事案であるため、先例としての価値に疑問が提起されている。

この点に関して、対抗要件としてではなく、別の観点から第三者の登記を要求する見解が主張されている。この見解は、取引の安全を理由に第三者を保護する以上、第三者は取引においてなすべきことをすべて行っていることが必要であると考える。この場合の登記は、対抗要件としての登記と区別するために、権利保護資格要件としての登記と呼ばれる。

 

● 詐欺取消後の第三者の保護

96条3項が取消しによる遡及効を制限する趣旨であるとすると、取消後に現れて利害関係に入った者(取消後の第三者)は同規定によって保護されない。前述の例で、たとえ不動産の登記名義人がBであっても、Aの取消し後は遡及的無効によりBは無権利者となるから、登記に公信力がない以上、登記を信頼した第三者は保護されないことになりそうである。この場合にどのように第三者を保護すべきかという問題について、二つの異なった見解がある。

① 177条適用説(判例)

取り消しうる行為は取り消されるまでは有効であるから、取消し前のBは権利者であるが、取り消されると最初から無効となってAが権利を回復する。そこで、Bに移った権利が取消しによってAに復帰するのを一種の物権変動(復帰的物権変動)とみて、Bを基点とした不動産の二重譲渡(B→A、B→C)があったと考える。つまり、この場合を対抗問題として扱って民法177条を適用し、先に登記を備えた者が権利を取得すると考える。判例の立場である(大判昭17.9.30)。

判例の立場に対しては、①取消前と取消後とで法律構成が一貫していない。すなわち、取消前の第三者については取消しの遡及効を徹底しているが(Bが無権利者であることを前提としている)、取消後の第三者については徹底していない(Bが権利者であることを前提としている)。②取消後に現れた第三者は、登記があれば悪意であっても保護されることになる、といった批判がなされている。

② 94条2項類推適用説

この場合にも94条2項の類推適用によって善意の第三者を保護する立場である。この立場は、①取消しの遡及効に適合的であること、②権利外観法理の適用によって登記に公信力がない欠陥を補うに適した場面であることを理由とする。表意者は取消し後であれば登記を回復することができるのに、それを怠ったという点に帰責性がある。

 

▼ 強迫による意思表示の取消し

● 強迫による意思表示の取消しの要件

強迫による意思表示は、取り消すことができる(96条1項)。強迫による意思表示の取消しの要件は、次のとおりである。

① 強迫行為が存在すること

② 強迫者に故意があること(二重の故意)

③ 強迫と意思表示の間に因果関係が存在すること

強迫行為は害悪の告知であるが、それは違法なものでなければならない。違法性の有無は、行為の目的と手段の相関関係によって判断される。正当な目的を達するために不正な手段を用いた場合(例、身体的危害を加える)には、強迫が成立する。手段は正当であるがそれが不正な利得を目的としていた場合(例、告訴・告発すると告げて暴利を得る)であっても同様である。

なお、詐欺の場合と異なり、意思表示の相手方ではなく第三者が強迫を行った場合であっても、表意者は常に意思表示を取り消すことができる(96条2項の反対解釈)。強迫を受けた表意者を保護する必要性が大きいからである。

 

● 強迫を理由とする取消しの効果

(1) 取消し前の第三者

強迫を理由とする取消しの場合には、第三者を保護する規定が存在しない。強迫を受けた表意者の保護を優先している。したがって、取消前に出現した第三者に対しても取消しを主張することができる(大判昭4.2.20―取消前に第三者が抵当権を取得)。

(2) 取消し後の第三者

強迫を理由に取り消した後であれば、強迫の被害者を特別扱いする必要はなく、詐欺と同様に考えてよい。したがって、民法177条が適用される対抗問題として扱うか、または、外観法理の適用場面であるとして94条2項が類推適用される。判例の立場は不明。

(3) 表意者が選択の自由を失った場合

強迫の結果、表意者が完全に意思の自由を失った場合は、意思表示は当然に無効であり、民法96条を適用する余地はない(最判昭33.7.1)。